「うちのほうが、もっと安く建てられるのに」 かつて私の父は、知り合いが大手ハウスメーカーで家を建てたと耳にするたびに、悔しそうにそうつぶやいていました。 地元の大工として培ってきた技術と誇りがあるはずなのに、気がつけば他社のチラシと見積もりを見比べる毎日に追われていたのです。 「安さ」ばかりをアピールするやり方に、私はずっと胸の奥で息苦しさを感じていました。 お客様から「どんな家をつくっているの?」と聞かれても、一言で答えられない芯のない会社。 このままでは、どんなに歯を食いしばってもいつか立ち行かなくなる。 9月1日に第60期という節目を迎えた今、私たちが価格比べの毎日から抜け出し、地域で一番の『あたたかく地震に強い家』へと大きく舵を切った本当のお話をお届けします。
昭和42年、祖父が小さな作業場から始めた大工の原点
松本住建の歴史は、昭和42年(1967年)に私の祖父が、地元の工務店から一本立ちして開いた小さな作業場から始まりました。
場所は、蔵の街として知られる栃木県栃木市。 大工の修業を終えた父が現場に加わり、親子で木の香りに包まれながら柱を立てる日々が続きました。 手作業の良さを大切にしつつ、平成の初めには木材をミリ単位できれいに加工する機械加工(プレカット)を早くから取り入れ、作業の精度を上げていきました。
道具を手入れし、木を大切に扱い、真面目に家をつくる。 どんな時代になってもブレない「丁寧な手仕事」こそが、私たちの何よりの土台です。

大手の進出と「うちのほうが安くできる」という苦しい価格比べ
ところが時代の流れとともに、栃木の街にも大手ハウスメーカーの大きなモデルハウスが次々と建ち並ぶようになりました。
きれいなカタログに、たくさんのスタッフによる巧みな案内。 これまで地元のつながりだけで家を建ててきた小さな工務店にとって、お客様に選んでいただくことはどんどん難しくなっていったのです。 そこで、大手に対抗しようと父が選んでしまったのが「価格の安さ」で勝負する道でした。
「あそこのメーカーと同じような間取りなら、うちは余計な宣伝費がないぶん、ずっと安く建ててあげられる」
気がつけば、父の口癖は「うちならもっと安くできる」になっていました。 他社の見積書を見てはそれより少し低い金額を出し、自分たちの利益を削りながら、なんとか現場を動かして会社を保つ日々。 倒産こそ免れていたものの、それは自分たちが誇りを持てる家づくりとはかけ離れており、ただ耐え忍ぶだけの苦しい時間でした。
「芯がない会社は選ばれない」水害の現場で感じた住まいの責任
私は、そんな会社の姿にずっと強い違和感を抱いていました。
「安いからという理由だけで選ばれる家づくりに、どんな意味があるのだろう」 「安さだけが売りなら、もっと安い会社が現れたらすぐに見向きもされなくなるのではないか」
何より悔しかったのは、お客様から「松本住建って、どんな家をつくる会社なんですか?」と尋ねられたとき、自信を持って一言で答えられる言葉がなかったことです。 手抜きは一切していないし、大工の腕も確か。 それなのに、会社としてのハッキリとした「芯」がどこにもありませんでした。
そんな中、2019年の秋、大型の台風によって栃木市内を流れる川があふれ、街が大きな水害に見舞われました。
泥水に浸かってしまった畳や壁、途方に暮れるご近所の方々の姿。 私たちは連日、泥のかき出しや傷んだ床の張り替えに夢中で走り回りました。 痛々しく傷ついた住まいを目の当たりにする中で、胸に強く突き刺さったのは「家は、家族の安全と日々の暮らしを守る最後の砦なのだ」という重い事実です。
ただ安く建てることばかりに気を取られていて、本当に地域のご家族を守れるのだろうか。 厳しい暑さや寒さ、そして自然の猛威に負けない、本当に強い家をつくらなければ、地元の工務店としての役目を果たせないのではないか。
水害からの復旧に走り回る中で、私は父からバトンを受け取り、代表を引き継ぐ決意を固めました。 価格比べをきっぱりとやめ、地域のご家族を支え続ける工務店へと生まれ変わるための覚悟の船出でした。

一言で言える会社へ。「あたたかさと強さ」への大きな転換
代表を引き継いだ私が真っ先に取り組んだのは、『松本住建とはどんな家をつくる会社なのかを一言で言えるようにすること』でした。
人生で一番大きな買い物をするお客様が、迷わずに選べる理由をつくる。 そのために掲げた旗印が、『地域で一番あたたかく、地震に強いデザイン住宅を提供する工務店』でした。
大手メーカーと金額で競い合うことを完全にやめ、家の強さと心地よさで選ばれる道への挑戦です。
- 地震への強さを数値で証明する:「太い柱だから大丈夫」という勘に頼るのをやめ、建物のすべての骨組みにかかる力をパソコンで精密に計算する『許容応力度計算による耐震等級3』を標準にしました。
- 冬あたたかく夏すずしい魔法瓶のような家:栃木の厳しい猛暑と冬の底冷えをなくすため、壁や天井を高性能なパネルですき間なく包み込む工法を取り入れ、トップクラスの『断熱等級6』を実現しました。
- お日さまと風を味方にする工夫:長い屋根のひさしで夏の強い日差しをしっかりさえぎり、冬はぽかぽかとした太陽の光を部屋の奥まで招き入れる設計を徹底しました。
長年受け継いできた大工の手仕事があるからこそ、すき間のない丁寧な施工や、計算通りの頑丈な組み立てを現場で狂いなく形にできます。 昔ながらの職人の腕に、確かな現代の科学を組み合わせる。 これこそが、他社には決して真似できない私たちの新しい「芯」になりました。
「安さ」ではなく「安心と心地よさ」で選ばれる工務店へ
家づくりの方向性をガラリと変えたことで、松本住建の景色は大きく変わりました。
今、私たちの相談会へ来てくださるお客様は、「一番安いところを探している方」ではありません。 「大きな地震が来ても、家族みんなが安心して住み続けられる家にしたい」 「冬でも足元が冷えずに、のびのびと子育てをしたい」 「自分たち好みのきれいなデザインと、確かな性能を両立させた『地に足のついた賢い選択』をしたい」 そんな想いを持った方々が、私たちのこだわりに共感し、一緒に家づくりを進めてくださるようになりました。
「松本住建は、どんな会社ですか?」 今そう聞かれたら、私は胸を張って答えることができます。
『大工の手仕事の誇りを受け継ぎ、栃木の気候に合わせた最高峰の強さとあたたかさで、ご家族の安心を守り続ける工務店です』
祖父が立ち上げ、父がつなぎ、そして私が新しい芯を吹き込んだ松本住建。 迷い、もがき、価格比べの苦しさを知ったからこそ、私たちは決して揺らぐことのない強さを手に入れることができました。
次回予告:第50話「創業60期の節目に。次の100期へ向けて私たちが約束すること」
昭和42年の創業から数えて、令和8年(2026年)9月1日、松本住建は無事に第60期のスタートを切りました。 祖父が小さな作業場で始めた会社が、60年もの長いあいだ歩んでこられたのは、私たちを信じて大切な住まいを託してくださった地域のお客様のおかげです。
次回のブログ第50話では、50話という区切りと創業60期を迎え、私たちがこれから先の100期に向けてどんな未来をつくっていくのか、この栃木市で暮らすご家族へお届けしたい約束を、ありのままの言葉でお伝えします。









